あんず飴と月面着陸する日まで

mahと岡田奈紀佐の交換日記

No.31 死にうる、レリゴー、自転車

まーちゃん、こちらは夏が戻ってきたような蒸し暑さだよ。そう、蒸し暑い。なのにエアコンの設定温度を下げないとうまく動いてくれなくなってきたから、だんだん秋にはなってるんだろうね。そもそも暦の上では秋のはずなんだけど。

昭和がエモく感じるのって、言われてみればわたしが明治村に行く理由にも近いのかもしれない。明治村っていう明治時代の建築物を保存・展示している場所があるんだけど(すっごい広い)、エモと呼ばれる感情は確実にあるもん。我が身を振り返ってしまった。失われたものへのエモなのかもしれない。
昭和日常博物館ね、もとは町立の博物館だったらしいんだよ。市町村合併で市立になったけど。大量生産大量消費の品々を一堂に会してみたときの威力がすごい。広くはないんだけど情報量も多くて楽しかったよ。
まさに高度成長期だよね、そこだけ見ればとても明るいけど裏を見れば苛烈だったのは。今の方が多少なりとも生きやすいというか、はみ出し者にも場所があるような気がする。ポリコレいを乗りこなせないお笑い芸人は大変だと思うし、人を傷つけない笑いもないと思ってるけど、人を踏みつける必要はないからね。

成長に向かう40歳までと、死に向かう40歳以降っていう実感はあるね。40歳までは先を信じられるけど、40歳以降はどう畳んでいくかを考えなきゃいけないというか。社内メールで社員の訃報が流れるんだけど、40代がしばしば亡くなっているのを見ると「死にうる!わたしも!」って思ってちょっとパニックになる。なんとわたしは最近になってほぼ40にもなって突然死が怖くなったんだけど、実感として自分が死にうる確率が高くなったな、と思うと怖くなってくる。歳をとるほど心はいくらか自由になるけど、体は死に向かっていくというアンバランスさ。そろそろ客観的にも「若い」とは言われなくなってくる頃合いだしね。
子ども目線で考えちゃうのわかる!自分に子どもらしい子ども時代がなかったからか、よけいに未だに子どものままなのかも。若者目線か、中高年目線かになってしまって、等身大の目線がない。なんなんだろうね、これ。40歳くらいの未産のロールがあまりないのかもしれない。
「何者かになりたい」というよりは「認めてほしい」っていう感情に近いのかもしれない。この前、「他人を尊重する人より多少わがままな人の方が生きやすい」みたいな言説を見て考え込んじゃった。わたしってどこでもとにかく舐められるし気づかれなくて、電車なんかでもつれあいがびっくりするくらいぞんざいに扱われてたりすることがあるんだよ。あんなに図体が大きいのに。赤いインナーカラーを入れてるときもダメだったし、今みたいに軟骨にピアスが開いててもダメで、杖をついてる日も押しのけられる。SNSなんかでも軋轢を恐れて自分の意見を言わなかったりするし、なんというかとにかく気づかれにくいし、そもそも自分の出し方がとにかく下手。そりゃ舐められるよなあ、恐縮してばかりでは。さりとてわがままになりたいわけではなく、ただもっと見てほしいだけという。なんか話がずれたな。ありのままの自分を認めてほしい幻想に囚われすぎてるんだと思う。ありのままってのがまた厄介だ、レリゴー。
北斎の千鳥の玉川、すみだ北斎美術館のサイトで見たけど本当にすてき。構図、躍動感、精密な筆致、これを92歳で書いたなんて!辻聡之さんの短歌に「ナポレオンは三十歳でクーデター ほんのり派手なネクタイで僕は」というものがあるんだけど、北斎は92歳で千鳥の玉川って言ってみると勇気が出てくるね。赤松利市は62歳で藻屑蟹。うん、諦めちゃいけないんだろう。
だから、まーちゃんに諦めなくていいって言ってもらえて嬉しかった。自分で自分の可能性を「ダサい」の一言で閉ざすのもまあ、やっぱりいけてないな。今年の秋は出店をお休みしてるけど、また何かつくって出せたらいいな。短歌でも川柳でも。少し休んで元気になったら、また扉をノックしに向かおう。まーちゃんが短歌に向き合って、賞に向けて短歌の連作を作ってるのも勇気になってる。本当にありがとう。

長々とマジ語りしてしまった。ごめんよ。
さて、いちごつみ。

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おじさんはいつも天気の話しかしないオンボロ自転車連れて

むらさきの自転車を漕ぐ祖父の背と街灯あれは19号の(自転車)